2017年4月23日日曜日

多和田葉子『雲をつかむ話』

一つを掴み切る事が出来ない。掴もうとすれば消える。ちぎれる。ばらばらにわかれる。途切れる。飛散する。言葉から言葉へ。思ってもみない方向に飛ぶ。迂回する。大きく曲がる。思っていた所には辿り着かない。
 漠然とした関心。普通ではないと言う事に対する。逸脱した事をするものに対する。逸脱した事をするものへの処遇に対する。どうしても到達出来ないと言う感覚。言葉に。漠然としたその心地に。物それ自体はここに確かにあるのだけれど。馴染む事が出来ないと言う感覚。あてはめる事が出来ないと言う感覚。掴みあぐねたまま危うげに彷徨う。
 何と鋭敏な。何と七面倒な。何とスレスレな。多和田葉子を読むたび世界が広がって行く…と言うより、この世界が注視すべきものばかりである事を知る。と言うより、注視すべきものばかりでキリがない事を思い知る。物語から出てまた物語へ。



雲をつかむ話
雲をつかむ話
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多和田 葉子
講談社
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2017年4月22日土曜日

村田喜代子『鯉浄土』

生きると言う事の凄み。生きていれば生きているだけごちゃごちゃと溜まり、複雑さを増し、乱雑さを増し、手が付けられなくなって行く為に。決して綺麗なままでは終われぬ生と言うものの凄み。死ぬと言う事の凄み。実感する。恐れ、感服し、降参する。
ごちゃごちゃと溜まり、驚く程複雑に出来上がった人間の心の、その手の付けようのなさを思い知る度。或いは身体の不可思議さ…動き、脈打ち、循環し、変化する人間の身体の不可思議さを目の当たりにする事で。時に持ち主の手には負えぬ変わり方や動きをする身体と言うものの不可思議さに気付く事で。
称揚する訳でもなく、貶める訳でもなく、村田喜代子はいつも、ただ人の生き死にが果てしなく不可思議であり、雑多である事を教えてくれる。そうやって村田喜代子はいつも、人の生き死にまつわる甘っちょろくて生温くて随分と都合のよい幻想の数々を気持ちよく剥がしてくれる。村田喜代子によって剥がされた後の生き死にの姿の方が自分はよっぽど好きだ。おっかなくても図太くても不気味でも不恰好でも不都合でも、自分はよっぽど好きだ。

 抜きん出てごちゃついていて、かつ自身の内部のその雑多さなど意にも介さず、ごちゃついた自身のまま生きて行ける人間が自分は怖い。村田喜代子の小説にも沢山いる。それがいい怖さである時も、よくない怖さである時もあるのだけれど。兎に角怖い。どちらの場合でも結局自分は敵わないと思う。


鯉浄土
鯉浄土
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村田 喜代子
講談社
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2017年4月13日木曜日

金井美恵子『昔のミセス』

これ、そのまま金井美恵子の世界じゃんか…!金井美恵子を読むと言う至福によって立ち上ってくる世界じゃんか…!と密かに興奮。着る物にせよ装飾品にせよ道具にせよ人にせよ味にせよ色にせよ。自分にとってはまったく身近でないもの…身の回りにも、記憶の中にさえないようなものが多く。それこそ金井美恵子を読む事でようやく知り得たようなものばかりである為。詰まる所それは、かつて金井美恵子の言葉を読む事で感じ、その匂いや手触りを飽きる事なく貪り続けた覚えのあるものが沢山、と言う最高の状況。
あの繊細さも、あの綺麗さも、あの甘さも、あの濃さも、あの豊かさも…滑らかに広がり、美しい布地の、あの柔らかさも…触れた瞬間、目にした瞬間、口にした瞬間の、快さも、不快さも…かつて金井美恵子の本の中で体験し、執拗に咀嚼し、反芻し、己の愉悦として来たもの達が沢山…!!と言う最高の状況。


昔のミセス
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金井 美恵子
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2017年4月9日日曜日

皆川博子『みだら英泉』

ただ清廉であるだけの、ただ優美であるだけの存在ではない、女。自身を魅了して止まぬ女の姿。他の誰のものでもない、自身の女を描くため。その媚態も、柔らかさも、醜悪さも、汚さも、逞しさも、狡さも、すべて。艶かしく、淫靡であるそのすべてを。あます所なく描くため。本来守るべきであったもの達の生さえ、自ら拒み、突き放した彼女等の生さえ利用し、己の養いとする。凄まじい執念。それは人を狂わせる類の。踏み外さぬよう耐え続けるものの心をも搔き乱し。痛みを愉悦に変え。熱く、淫らに。高ぶらせる類の。暗く、恐ろしく、けれどあまりにも蠱惑的な執念。
自身が捨てたもの達への後ろ暗さ故に、その熱情は重厚さを増す。咲き切り、衰えてなお、消え失せぬ程に。捨てられたもの達の眼差しで見るが故に、その熱情は凄惨に際立つ。目を閉じてなお、焼き付いて離れぬ程に。終わりは哀しい。その熱情の、苛烈さを知ればこそ。輝き終えた身に相応しい、穏やかな終わりの静けさが哀しい。



みだら英泉 (河出文庫)
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皆川 博子
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2017年4月8日土曜日

百年文庫『湖』の記録

何と言っても小沼丹。「白孔雀のいるホテル」、大変面白かった。その安宿では夢ばかり美しく典雅に、魅惑的に広がって行く。何と長閑な人々。色々起こるのだけれど、特に何も解決しない。夢ばかり順調に膨らみ、存在感を増して行く。何と可笑しな日々。そして何と愉しい予感。いい具合に気が軽くなる。
木々高太郎の「新月」もよかった。自分こそが殺人者であったかも知れないと明かす言葉の哀しさ。妻を心より愛していた為に。心より慈しみ、大切に思うあまり、ひとり苦しみ、不安に溺れ、その死を願ったのではないかと。真実のものであったその哀しい愛の、遣る瀬無い事。世にも綺麗な小品。



(029)湖 (百年文庫)
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フィッツジェラルド 木々高太郎 小沼丹
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2017年4月2日日曜日

石井桃子『家と庭と犬とねこ』

自身が持っているもの、自身がそれまでに身に付けて来たものをよく知っている人であるように思う。自分自身の感性を決して裏切らない。決して疎かにしない。直向きであり、兎に角勤勉。忙しく、慌ただしい日々の速さに負け、重く、鈍くなってしまう事を許さず、鋭敏に、静かに、自分自身を保ち続けようとする。流されてしまう事なく立ち止まり、しっかりと自分自身を確かめようとする。何て魅力的な人なのだろう。
自分にとっては。好きな人達の好きな人。好きな人達の言葉の中でまず、出会った人。石井桃子。この人を慕い、頼りにする人達の気持ちがよくわかる。自分だって石井桃子が近くにいたら、たずねていってしまうだろう。何て優しい。何て穏やかな。そしてもっとお話をききたい。もっとお話をして欲しいと、せがんでしまうだろう。何て心地よい。柔らかくて快い音の多さ、読みやすい、と言うよりも、ききやすい、と言う感じがする。



家と庭と犬とねこ
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石井 桃子
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2017年3月26日日曜日

多和田葉子『雪の練習生』

書くと言う行為の難しさを、危うさを、底知れなさを、疑わしさを思い知らされ、書くと言う行為の意味を、可能性を、都合のよい方にも、都合の悪い方にも広げられて行くと言う、落ち着かない心地。
ふわふわと覚束ない足元。自分のいる場所を、何度も見失う。夢の中か、否か、不意に見失う。本当にあったと思っていた事が、本当にあった事かどうか、見失う。確かさを見失う。まず本当にあるとは何か、見失う。本当にあるものと、そうでないものの境目が酷く曖昧である事を思い知る度、見失う。不確かな事ばかりの中、自分はとりあえず、形なく示される快不快の感覚に縋り付く。
語り手の痛みや居心地の悪さを示す言葉に出会う度、自分ははっとする。どこか遠く、違う世界の夢物語などではないのだと、はっとする。本を閉じた自分が戻って行く今と、本を開いた自分が入って行く世界との、境目を見失い。柔らかな白の眩さと冷たさに惑う中。決して地続きではない今とそこの、確かな繋がりを見つけた様な思いがし、はっとする。
自身が対峙する世界を言葉にする。自身が対峙する世界を、世界が広がって行くその感覚ごと、言葉にしたもの。世界が広がって行く…それは痛みを、矛盾を、違いを、やり方を、わかって行くと言う事であり、認識すると言う事であり。生きていると言う事。自分の読んだそれは、哀しくて、寂しくて、不可思議である事。



雪の練習生 (新潮文庫)
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多和田 葉子
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