2017年3月19日日曜日

小泉喜美子『殺人はお好き?』

みんな思った通り捕まるし、連れ去られるし、退場するし、裏切るし。あまりに定石通りの展開。けれどそれ故に此方は楽しい。何せお約束通りは此方の期待通りに進む、と言う事でもある訳で。それ故に此方は気分がいい。何か、書き手が愛と敬意と情熱を尽くした結果の定石、と言う感じがする。自身の”好き”の最良の姿と、最良の見せ方を書き手が追求した結果の定石、と言うべきか。キッチリと踏襲している。元来の瀟洒さごと、軽妙さごと、自身の”好き”を。この人は本当に自分の”好き”を熱心に書く人であるな、と思う。自身の”好き”に対し、本当に真摯で情熱的な人であるな、と。今回もまた小泉喜美子自身の”好き”の結晶であるかのような一冊。
『メイン・ディッシュはミステリー』の惚気話のそれにも似た、熱っぽくて楽しそうな饒舌を思い出す。もうお腹いっぱいです。



殺人はお好き? (宝島社文庫)
小泉 喜美子
宝島社
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2017年3月17日金曜日

マルグリット・ユルスナール『東方綺譚』

今はもう、どこにもないもの。今はもう、起こり得ぬもの。もう二度と現れぬもの。再現不可能であるもの。ただその痕跡だけが残るもの。今はもう、どこにも存在せず、起こり得ず、再現不可能であるが故に、自身が存在していた時間の、豊饒さを自ずと証明するもの。もう二度と現れぬそれが、当然のように存在していた時間を。羨み、慕い、救いとし、人々が今なお語り継ぐもの。
今に在るこの身にはあまりにも身遠く、語り継がれる物語を、辿り、手繰り寄せ、ようやく出会え得るもの。今に在るこの身にはあまりにも馴染み難く、自然と言う、人の手には負えぬ悠久に属するが故の奔放さを備え、残酷さを備え、魅惑的であるもの。倦怠と空虚の今に在る、この身では。決して掴めぬもの。なにもかもを手放し、声を捨て、身体を捨て、今を捨て、ようやく届くもの。
汚さぬよう、清濁混じり合う素朴ささえ損なわぬよう、言葉が流麗に物語るそれは。美しく、けれど美しいだけでは終わらぬ、深遠な幻想の源となるそれは。



東方綺譚 (白水Uブックス (69))
マルグリット・ユルスナール
白水社
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2017年3月13日月曜日

スティーヴン・ミルハウザー『ナイフ投げ師』

この一編を読む事が出来ただけでもう、十分満足、の連続。迷路のよう。中々抜け出せぬが故に魅惑的な。幾度となく体験して来た、けれど逐一拾い上げる事も、言葉で象る事もせず、その正体を、形を、曖昧なままにして来たような類の、感覚や心地。或いは、それ等を丹念に検証する事で、熱心に掘り下げて行く事で、通過し、到達する領域。果ての見えぬ暗がりを、どこまでも降りて行き。彷徨い、見失い、また昇り、また下がり。行き着く所まで行ってしまい、可笑しくて、複雑で、哀しくて、不可思議であるそこで。出会う。遭遇する。奇妙な邂逅を果たす。それは何とも癖になる楽しさ。もっと見せて欲しい、となる。もっと連れて行って欲しい、となる。

以下その内の二編の記録。

「夜の姉妹団」
未知の事柄に対する仕打ちの、理不尽さにげんなり。すぐに名付けようとする。決め付けようとする。自分達の知っている事柄の中に、収めようとする。片付けようとする。無理解に、無神経に、安易に。口をこじ開けようとする。自分達にはわかり得ぬ沈黙に対し。乱暴に干渉しようとする。
姉妹団は理解して欲しくなどないのだ。見られたくもないし、話したくもないのだ。

「新自動人形劇場」
かつて飽きる事なく求め続け、夢中になっていた快楽が、その台頭によって、色を失い、最早高揚と不安を鎮める安堵の対象と化す程に、不穏で、危うい、新たな快楽の出現。それは無様である事で、見苦しい事で、先の快楽を残酷に否定する類のもの。至高であると、熱心に信奉し続けた快楽への、憧憬を揺るがすもの。よく見知ったものの、未知の領域を目の当たりにすると言う居心地の悪さにも似た。そこでは自身の持つ何もかもが通用しない事を思い知る怖さにも似た。不安で、腹立たしく、けれど一度知ってしまってはもう、二度と元には戻れぬ類のもの。

その他…「協会の夢」や「パラダイス・パーク」も大変よかった。行ける所まで行くと言うか、どこまでも行こうとする。探る方もまた戸惑いつつ慎重に疑いつつ、けれど迷い込む。未知へと誘われ、不安と時に憤りを覚えつつ、けれど夢中になる。病みつきになる。最早再び潜り込む為に、地上へと戻って行く有様。


ナイフ投げ師
ナイフ投げ師
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スティーブン ミルハウザー
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2017年3月10日金曜日

タニス・リー『黄金の魔獣』

淡く、幸せなお伽話に収まる事を拒むかのように。物語は鮮やかに落ちて行く。夜へ、闇へ。己が身に宿る、数多くの幸福なお伽話の面影を塗り潰すかのように。物語は悠然と誤り続ける。より色濃い、赤を求め、より深い、黒を求め。冷たく、残忍な光を求め。無情にも、不都合にも。ただ不穏だけを選択し続けて行く。
始まりはあまりにも遠く、遥か昔の事であるかのよう。噛み合わず、釣り合わず、その多くが不相応であり、不調和であった関係と交歓の数々。けれど調和こそが、相応である事こそが、破滅と同義であるが故に。歪なままである方がよかったのにと、今では懐かしく思う。物語はどこまでも裏切り続けるが故に。何よりも美しく、免れ得ぬ破滅を目指し。



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2017年3月4日土曜日

多和田葉子『文字移植』

向こう岸に渡す。放り投げる。文字を、言葉を。移植する試みの不毛さ。難しさ。途方のなさ。取っ掛かりのなさ。息苦しさ。心許なさ。突き刺さるような、むず痒いような、無神経に傷口を触られるような、不快な痛みの多さ。立ち塞がれ、阻まれ、奪われてしまう事の怖さ。立ち塞がり、阻み、奪おうとするものへの嫌悪。噛み合わなさ。上手くいかなさ。苛立ち。焦り。みな、境目を持たず、輪郭を持たず、一つのうねりと化し。追い掛けて来るかのよう。落ち着かない。落ち着かない。そわそわする。覚束ない。何も頼れるものがない。何も信用出来るものがない。何も役に立ちそうなものがない。こうなれば自分も走るほかない。

生きづらく、やりづらく、煩わしい事が多過ぎる世界。


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2017年2月28日火曜日

金井美恵子『お勝手太平記』

最高であった。最高に楽しかった。書きに書きまくってある。それも素敵に好き勝手。次々脱線する。全然戻って来なかったりする。気にせず進んだりする。何度も言ったりする。酷い事を言う。当て擦りを言う。何故嫌いか、どこが駄目かがよーくわかる、いつものやり口で言う。笑えるし、手強いし、尽きる事がないし、嫌味であるし、もう凄くに腹立たしい。
自分もそれ知っているな、としばしば思う。平板であるとウンザリしつつ、本当は満更悪くもないと感じている日々の中に。あるな、と思う。読めば立ち上って来る。読む事で自分もまた今一度、或いは新たに体験する事が出来る、と言う至福。ああ、金井美恵子を読んでいるな、と思う。決して一筋縄ではいかないその手応えの、甘美さたるや。大いに楽しむ。読む楽しみを大いに満たす。



お勝手太平記
お勝手太平記
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金井 美恵子
文藝春秋
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2017年2月19日日曜日

金井美恵子『本を書く人読まぬ人とかくこの世はままならぬ』

思えば、金井美恵子を読んで、以後だ。自分が読む事の快さを求めて本を選ぶようになったのは。金井美恵子を読んで。自分は知ってしまったのだ。読む事の喜びを。緻密に、執拗なまでに緻密に、間隙なく編み込まれたが故に、手強く、決して破れる事のない、強靭な連なりと化した言葉に触れる事の喜びを。引き出されたのだ。自分は。金井美恵子の小説に。読む事への欲求を。ただ快いばかりであるだけではないために、より逃れ難く、途方もなく厄介である喜びを以って。欲求を、際限なく。
自分が何故金井美恵子に惹かれるのか。わかった気がする。金井美恵子の小説が何故快いのか。わかった気がする。知っているのだ。金井美恵子は。読む事の喜びを。そして、難しく、際限なく、時に不毛でさえある、書くと言う行為の甘美さを。よく。知っている人間なのだ。金井美恵子は。
今回も笑う。否応なしに吹き出す。強靭な当て擦りの数々。最高であった。



本を書く人読まぬ人とかくこの世はままならぬ
金井 美恵子
日本文芸社
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