2018年7月20日金曜日

金井美恵子『新・目白雑録』

〈その時々の時代の大文字のニュースや出来事の周辺で書かれた様々の小さな言説に対する苛立ちを書いていると、きりというものがないのは確かである。〉
〈そして、書き残しがあってこそ、書き手はまた書きはじめることが出来るのです。〉

いつまででも読んでいられる。ゲラゲラ笑ったり、とても納得して、確かにそうだとうんうん頷いたり、兎に角うきうきと、楽しみながら読む。堪らない掘り進め方、連なり具合。一つ取り出せば、次々出て来る。金井美恵子は一つの事柄からいくつもの物事や情景や感覚を、滑らかに思い出し、隙間なく連想する。このまま続いて欲しいと思う。金井美恵子の鋭敏さによってのみ、繊細によってのみ、自分は満たされる。ずっと書き足りないでいて欲しいと思う。とめどなく、これからもずっと読みたい。きりがなくて私は嬉しい。このまま色々、いつまででも気になり続けて欲しい。
退屈で、陳腐で、鈍くて、くだらなくて、おかしくて、ズレていて、ピントが合っていなくて、イラつく事も、うんざりするような事も、山のようにあるのだけれども、自分がこうして金井美恵子を読み続ける事が出来るのは、そういった事共が山ほどあるお陰でもあるかもしれないので、まあ仕方ないかと思う。辛くても金井美恵子を読みたいので生きて行く。



新・目白雑録
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金井 美恵子
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2018年7月15日日曜日

皆川博子『クロコダイル路地Ⅱ』

あの欠落。あの自嘲。あの妄執。あの嫌悪。あの微笑。あの陰り。あの相剋と共鳴を物語る言葉の内に存在していた闇の深さ。邪悪で、残酷で、恐ろしい。暴き難く、断じ難く、悲しい。復讐。あの時間の。あの記憶の。あの空白の奥底にて。密やかに果たされていた。密やかに変容していた。密やかに蝕まれていた。
物語は語り手達の今へと向かうにつれ、暗さを増して行く。彼等が迷い、苦しみ、選択し、今へと戻り行くにつれ、物語は次第に光を、色彩を失い、陰惨に、複雑に、重く、厚く、淀んで行く。息苦しい。是非を問えぬと言う事。立ち入り難く、触れ難い。自らと同じ傷を持たぬ一切の者を拒むかのような彼等の闇の深さ。何も出来ない。寄り添う事も。共に沈んで行く事も。どう足掻いても共犯者にはなれない。それでも、知りたいと欲する。彼等の行き着く場所を。無力のまま、身動きの取れぬまま惹かれる後ろ暗さを抱きながら、ただそのすべてを黙して見届ける。


しかし嬉しいバートンズ!ほっとする。その揺るがなさ。とうに完成されているその関係性。別世界感がある。彼等のいる時間だけ。彼等のいる場所だけ。同じ物語の中ではあるのだけれども、違う。バートンズやメイ達の存在は大きい。自分と語り手達の間には、彼等がいる。とても安心する。



クロコダイル路地2
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2018年7月8日日曜日

金井美恵子『彼女(たち)について私の知っている二、三の事柄』

〈そこに夢見るものなんか、何もないけれど、薄い水色とごく薄い灰色と白の濁った空に輝いているバラ色の雲は、それが夜明であれ夕方であれ、短い束の間の時間、幸福感で充たされる美しさで、私を呆然とさせてしまうのだ。〉
〈「予定」はともかく、なにしろ、「仕事」がいちおうあるから、つまっていて「未来」と「計画」はどうでもいいや、という気持ちで眠りにつき、その一日も、いつもと同じように終わった。〉〈終わったとはいっても、もちろん充実感と共にそう思ったわけではなく、なんとなく、いつもと同じように眠りについた、ということなのだ。〉

最高である。いつも通り最高である。相変わらず最高である。自分はこの世界、とてもよく知っている。気恥ずかしくなるほどに、よく知っている。見知った世界。馴染み過ぎて、浸かり過ぎて、平素改めて考える事もないぐらいによく知っている世界。心当たり満載。
金井美恵子を読むと、読み終えた時、もう金井美恵子しか読みたくないと言う、僅かに鬱陶しくて、憂鬱で、とても幸せな気持ちになる。自分は金井美恵子の言葉によって、もっとうんざりしたいし、うっとりしたいし、気恥ずかしい思いをしたいし、笑い出したいし、喜びたいし、満たされたいのだ。これ以上ないくらいに。自分が今いる場所…退屈で、ありふれていて、自分はもう、半ば飽きかけていて、すっかり諦めてしまっていて、けれどそう悪いばかりのものでもないと時には思う事もある、そこの。気怠さや煩わしさ、鬱陶しさであるとか、くだらなさと言ったものを。金井美恵子の言葉によって、嫌という程に思い知らされる事で。
いかに疲れるものであるか、噛み合わなかったり、通じなかったりして疲れるような事がいかに多いか、いかにイライラするものであるか、いかに面倒なものであるかを。改めて体験する事で。そう言った瞬間を、幾度となく生き直す事で。噴き出したり、そのおかしさを噛み締めたりしたいのだ。



彼女(たち)について私の知っている二、三の事柄
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2018年7月7日土曜日

皆川博子『クロコダイル路地Ⅰ』

皆川博子のフランス革命。垂涎。面白いに決まっている。素晴らしいに決まっている。革命の、動乱の、渦中にあって。映える事。交錯する生と命運。絡み合い、縺れ合い、惹かれ合い、求め合い、反目し合い、溶け合い、重なり合い、共鳴し合い。華麗に、冷酷に、凄艶に。集まり行く、高まり行く様。巻き込まれ、為す術もなく飲み込まれて行く様。
蠱惑的である事。その卑怯さ。その無様さ。その憎しみ。その歪み。その空白。その混濁。その疑わしさ。その危うさ。その虚ろさ。その戸惑い。その悲しみ。その暗さ。その不穏さ。その自嘲。その怯え。その否定。その衝動。その決意。その覚醒。その絶望。その強さ。その手堅さ。錯綜するそのすべてが蠱惑的である事。革命の、動乱の、渦中にて生まれ、宿り、育ち行き、くすぶり、滞り、発露し、迸る、そのすべてが。素晴らしく濃い。ほかのなにもかもが色褪せて見えるかのような。
ジャン=マリの安定感たるや…。皆川博子の世界のこの手の人物。安心する。拠り所として読み進める。



クロコダイル路地1
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2018年6月28日木曜日

武田花『猫のお化けは怖くない』

〈私「くもちゃーん、そこにいたのかーい、元気でいるかーい」
くも「死んでるから、元気でも元気でなくもないぞー。なんだかよくわかんないぞー」〉
〈私「ただいまー、死んでるかーい」
くも「はーいー、死んでますよー。花ちゃん、いつこっちに来るんですか?」〉

ハナさんと、お化けの皆様。ハナさんと、愛猫くものお化け。生きてこの世にいるハナさんと、死んでしまってあの世にいる皆様方。こちら側より、あちら側の皆様へ。ハナさんの一人二役。確かにお化けであるよな、と思う。あちら側にいってしまった皆様は、確かにお化けであるよな、と。こちら側で遭遇すれば、それは確かにお化けであるよな、と。こちら側から話し掛けたり報告したり頼み事をした時、返事があれば、それは確かにお化けであるよな、と。会えたとしても、お話出来たとしても、お化けはお化けであって、生きていない訳で、そこにはどうする事も出来ない隔たりが存在している訳で。寂しいような、悲しいような、怖いような、それでいて心地よいような、何だか不思議な、堪らない気持ちになる。
ハナさんは相変わらず溶け込んでいる。あっちへ行ったり、こっちへ行ったり、行く先々の光景に馴染んで、溶け込んで、この世を生きている。今も昔も。ハナさんの本を読むと、ふわふわする。ハナさんの文章と写真を介して、自分は今と昔を、ふにゃふにゃっと、音もなく行き来する。お化けではない故人と、その時分のハナさんを、自分はぼんやりと眺める。ハナさんの記憶に溶け込むようにして、ぼんやりと眺める。それはとても居心地のよい事で、そのまんま、いつもついつい長居してしまいそうになる。



猫のお化けは怖くない
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2018年6月24日日曜日

富岡多惠子『動物の葬禮/はつむかし 富岡多惠子自選短篇集』

どっと疲れる。疲弊する。うんざりする。とてつもなく嫌になる。目の当たりにして。休みなく見せ付けられ続けて。蠢く様を。群生する様を。棲息する様を。それも剥き出しのままの。何も身に付けておらず、粗暴で、野卑で、汚れたままの。無気力で、愚かで、病んだままの。乾いたまま、荒んだままの。えげつない。おぞましい。ぞっとする。元も子もない。いかなる幻想も入る余地はない。強烈な印象。物凄く力を持っている。ずっと残り続ける気がする。ずっと忘れない気がする。富岡多惠子は恐ろしいものばかり書く。気が知れないほど。
どう考えても太刀打ち出来る気がしない。対峙できる気がしない。当然も普通も、自分のそれは、そこではまるで通用しない。そんなもの、そこでは何一つ意味を持たない。何一つ価値を持たない。立ち向かえる訳がない。ただ削り取られて行くほかない。
なににもならない。なににもなり得ない。自らの常識や平穏を信ずるものが求めるようなものは、そこにはなにもない。せめてそうあって欲しいと思うようなものは、そこにはなにも。幻想をまとわず、剥き出しとなった人間の、人間という生き物の不気味さ、得体の知れなさ。うんざりとする。 

富岡多惠子は何でこんな小説が書けるのだろうと思う。何てものを書くのだ、と思う。こんな、一生忘れられないようなものを。永遠に滞り続けるようなものを。「遠い空」を読んだ時の事を思い出す。「花の風車」がちょうど、自分の好きな富岡多惠子。『逆髪』や『白光』のパサつき、乾き具合、惰性と諦めと饒舌と反抗の艶っぽさ。



動物の葬禮・はつむかし 富岡多惠子自選短篇集 (講談社文芸文庫)
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2018年6月22日金曜日

石井桃子『新しいおとな』

読む楽しさに満ちている。本に、お話に、物語に、夢中になる事の。読んで、聞いて、考えて、物語を目一杯味わう事の楽しさに、満ち満ちている。何と言う説得力。何と言う安心感。石井桃子の所に行けば。絶対に楽しい。読みたい本が、沢山ある。よいもの、面白いものが、沢山ある。とても信用出来る。その間違いのなさ。
石井桃子自身がまず、読む楽しさを知る人であるが故に。幼い頃の喜び…お話を、物語を、聞いて、読んで、泣いたり、驚いたり、笑ったり、目一杯楽しんだ記憶を、疎かにしてしまう事なく覚え続けていた人であるが故に。自らの記憶を、そして経験を、無駄にする事なく、活かし尽くした人であるが故に。信用出来る。安心出来る。石井桃子がいたからこそ、の多さよ。読めば読むほどに、石井桃子がいてよかったと思う。
わかりやすくて丁寧で、素晴らしく的確である事の凄さ。その言葉。しっかりと響く。しっかりと伝わって来る。思慮深くて、聡明で、ちゃんと見ていて。ちゃんと実行して。永く残る豊かさ、一時のものではない豊かさを知る人。



新しいおとな (河出文庫)
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